年賀状

毎年、年の瀬に書いていた年賀状は、蕎麦作りで忙しく年明けになった。

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年賀状を書く時期になると今年はどうしよう、と思うのだがなかなかやめられない。
年賀状も判で押したようなものが多くなり面白味はない。
でも、いただくと判で押したものでも、手に取ると顔が浮かんでくる。
止めても良いのだが、止めると縁が途切れるような気がして、なんとなく続けることになる。
今年もおおよそ100通の年賀状を頂いた。
で、手に取ってニヤニヤしている。

出す年賀状は、判で押したようなものはやめようと思い、少しでも筆を加えるようにしている。
おかげで、2日は徹夜をしてしまった。
白々と夜が明けるまで仕事をしたのは久しぶりである。
今日、やっと書き終えた。
今年こそは、年内に済ませるぞ!
と、決心するのは早すぎかな?

年末年始

年末年始はお寺で過ごす。

熱心な門徒ではない。

この3年、役目柄年末年始はお寺に通っている。

31日は除夜会という法座がある。

住職と一緒にお経をあげたあと、法話を聞き除夜の鐘を打つ。

毎年、延べ80人ほど集まる。

除夜の鐘を打った後は豚汁がふるまわれた。

昨年は、ぜんざいだった。

何をふるまうか、特に決まりは無いようだ。

1月1日は元旦会。

お経をあげた後法話がある。

これだけのことである。

これだけのことだが、今まで営々と続けられてきたことを思うと宗教の力を感じる。

帰りは、お寺が用意した手土産を持ち帰る。

今年は、筆立て、ワンカップ、スナック菓子。

一応、年末年始をお寺で過ごしたのでご利益があるかもしれない。

だが、残念ながら、浄土真宗は、ご利益を期待してはいけない。

では、何を期待するのか?

個人的には、死んでからどうなる、死ぬ前はどうする。

と、いうことを考えるところだと思っている。